前回の続き『背徳の海』に関して
シンプルな基本だが、これが配置の基本的な考え方になる。色を抜いた物品、例えば代表的な物だと人形は、この場合だと可愛らしい人形なんだろうけど、元々は、まあ元というか「呪いの身代わりの形」の考え方がベースになっている。藁人形等有名ですよね。穢れを(色を)そこに移すという意味合いで「浄化」としている。この場合だと「浄化配置」とは、人形なら人形のポジションがモデル写真の配置によって様々な場所に移動する訳だから、全体として均整が取れているとか、意味付けが出来ている場合に、配置が美しいということで、浄化的な配置としている。つまり視覚的なデザイン配置が美しいというのが一条件としてそのまま浄化配置となるということでして、「もっと何か創造的な内容はないのか?」と思うかもしれないが、2枚の写真の違いがこの場合の「背徳性」の基本な訳だから、感覚的にしろそうでないにしろ、その2枚を中和するような内容の写真の創出を定義づけしていく。出来たならば、視線や体の方向などで、その先に中和された写真があればそこに力点が映される。中和されたということは、ここでは背徳性が消失したということ。
例)
1 感覚的にこういう写真を撮った。
2 1の写真とのギャップを見せよう。それを考えて2を撮った。
3 1、2の写真を定義づけしてみよう。これらが中和されたファッションとは何かな?(新たな創出行為)
*3の行為は背徳性を消す行為と定義する(2枚のギャップが背徳性の基本なので)
4 3の写真をここに配置しよう。しかし1、2の写真と物理的な方位的な繋がりがなさそうなので、(1、2の視線などが3の方を向いていないなど。3の方向を向いている何かしらが何も確認できない)力点は移らず、12は12に、3は3のままだろう。
まあ、金があってパネルが高価なやつだったらタッチしたら青色(がベースの場合)と普通の色で切り替えられるかもね。
以上で、背徳性と浄化の基本的な考え方だ。感覚的に2枚で違いを見せても、何故その写真は違うのか?と言われたら言葉で説明するのもなかなか難しいはず。必ずしも↑3の写真を用意しなければならないわけではないので、さらに色を抜いた物品も色々展開性がある。別に必ずしも海に浮かべなくてもいいし、一例というか基本だ。例えば、都会のビルに置いてもよいだろう。
「ギャップ」が背徳というのが分からない、という意見もあるかもしれないが、それはないだろう?化粧で化けるとかそういう意味で、別に不倫でなくてもいいが、あくまで一例ですが「旦那といる時と全然雰囲気違うじゃん?」みたいな、そんなに変わっちゃって、という意味だ。背徳と捉えて「背徳の海」の基本としている。
浄化の物品を、例えば家具なら家具を全体の中のどこに配置するのか、それがデザインなんだろうけど、置く場所は力関係で決まるので勝手に置けないということだ。
要するに言うまでもなく、全体パネルはモデルが作る作品なんだよ。
私は、言葉が違うかもしれないが劇場のように捉えていて、特にファッションブランド等が管理していると、モデルを呼ぶにせよショーをやるにせよ顔になるので、美術館を建てて絵を飾る感覚で投資してみるのもいいと思うんですよね。