教育の話2
(前回より)
まあ、諸君たちの中には、”お受験”とか聞くと、「どうしてそんなに大学に行かせるのにそこまでするのかな?…うちに金も無いし」と、思う人間も大勢居るのではないかな。しかし、私の見解としては、日本での教育の観点からは、変なのが教育界にうじゃうじゃいるので、理想を言えば、外的な接触の初めから、つまり幼稚園から選抜受験というか、要するに評判の良いところに入れるのがベストです。「お受験させたい」というのもあるのかもしれないが、それよりも、変なのが大勢居るのです。ゆえに、「子供を保護して育成する」というのが非常に重要なんですね。有名なのが金持ちの『慶應の幼稚園』というのがよく聞くが、まあ慶應が良いのか悪いのか知らんが、この観点から、こういう育て方はアリかな、必要なのかな、と私も思います。そんな事は大体は出来ないだろうから、子供の異変の察知に日常眼を光らせるべきです。いつ何時変なのと接触するのか分かったものではない。そんな学校近場に無いな、とか環境は人それぞれ色々です。
↑こう言われると、「なるほどなぁ。お受験は要らねーよと思ってたけど…。そういう事を配慮しており、かつ資金力がある家庭なんだろうなぁ」と、君達は納得する事だろう。私もホントそれはアリだと思う。
そして、中学受験に話が移るが、これはやった方がいいかどうかというのも、↑の観点からもアリだし、私の意見としては、ボクサーというのは体を鍛えて腹筋を鍛えて、パンチを磨いて強くなります。頭というのは、考えたり忍耐したり計算したり、とやっていると、思考能力的に頭が良くなっていきます。前者は誰でも納得しますが、後者はあまり意識されていません。天から授けられた才能だ、と考える人がいるのですが、才能を否定しませんが、腹筋を鍛えるように伸びるものなのです。ここが分かっていない親は痛いです。分かっていない人が多い。「あらかじめ備わっている才能のみ」と思い込んでいるという事です。つまり、子供に徹底的に偏差値を基準に狙わせるというより、修行の観点から中学を受験させるのは、私はとてもいいと思います。ボクサーのように鍛えるという点が大事です。能力に関しては、あとは「邪欲」等がありますが、これについては言及を避けます。過不足無い目標校を決めてやるのがポイントだと思う。
まあ、サッカーやりたいとか色々あるからね。
(続く)