いつ出願するの?

2026年04月23日

 ソルボンヌ大学への出願は来年か、再来年かな…。まだ、日本でやることがあるので、これから来年に向けて院試受験レベルを目標に上げていきます。日本の数学科の3年生への編入の話は、歳だし仕事で行けないし諦めました。数学科ではないけれど、「放送大学」と必要ならば「ZEN大学」を組み合わせてその代替とします。

 まあ、数学や物理よりも、私の話を思い出してもらえれば、「仮にそれに取り組めば必ずその分野でトップの評価を受ける」と言っていたので、メドが立っている数学や物理よりも(まあ、実際の所トップかどうかはさておき、あまり文句というか異論もでまい)、芸術分野の方が苦しい感じです。創作の方もトップをユニークに置き換えてもらってうやむやに出来ないかなと、さらに気に病んでいるのが「写真」です。例えば、そういう分野で有名な天才というのは皆さん的には誰ですか?ピカソとかダリですか?、単体作品として、彼らと同等以上の評価を例えばフランスで受けなければならないので(同じフィールドなので)、とても苦しい。しかし、そうでなければ、絵画や写真はそういう芸術のフィールドではないか?と言われてしまうので、ここで相当苦しんでいます。「言ってしまっているけど、そんな事が果たして可能なのか?」と自問自答してます。

 

 うっかり写真に手を出してしまって、そこで苦しんでいます。凡写真作品展をやらかしたら、もうそこで終わりよ。経済学とかも実のところはどうあれ、言った手前、「これだよ」と、何かしら書いてるでしょう?『半減期経済学』はトップだ納得しろ、と言い張ればかわせる感じもなくないが(要するに押し切って、落とし所としての納得を得たい)、あとは、医学も苦しい。それに取り組む気はないが「歴史」とかそういうのは知識の集積だから、まあ、「症例建築物の町」とそこから引き出される「治療の町」づくりを通じて、精神医学に貢献するというスタンスだけど、「症例建築物の町」は有資格者でないと入れないようにして、気持ち悪いからね。そういう怖いもの見たさで入るとかは出来ない。イメージとしては、「治療の町」は、アバターをすすめてウロウロしていて、気持ちいい、病んでいる精神が癒やされるような町、というコンセプトだ。VRなので、建築物の撤去、建設が容易だ。

 今の精神医学で、こういうのがあるのか知らんが、基本は、薬物療法とカウンセリングだろう?歩いてもらって、癒しに導かれる、何というか「仮想散歩森林浴効果」とでも言うのか、そこを狙っている。