言い張るのも厳しい

2026年05月02日

 写真の分野は厳しいよね。小説とか詩とかそういうのだと、「トップ」というのを「ユニーク」「オリジナリティー」に置き換えて有耶無耶にするので精一杯だろうね。先も言ったが「歴史学」とか「臨床医学」のような蓄積経験が重要なやつは不得手というよりネタをこしらえようにも無理だよ。

 なので、写真は、「写真シャッター押すだけだし、やってくれ」と言われても、ああいう平面描写みたいなのは、世界的な評価でトップと言うのは、その…ピカソとかそんなんでしょ?写真撮って、何かしらを言い張るのも苦しいんだよね。

 プロの写真家の写真を何かしら想像してもらって、…まあ、彼らにオリジナリティーがあったにせよ、こう言う風に言ったら、まあ、ピカソだろう?「まあ、君のが良い写真なのは分かったけど…」

 なので、苦戦している。まあ、写真と比べられないけど…、平面描写という事で、いや、「…う〜ん」とか、こう「比べられない」みたいな保留が欲しいんだけど、ほぼほぼ無理だろう?


 だけど、例えば、医学って精神医学なんだろうけど、どうして精神医学の分野でトップなの?と、思ったにせよ、言い張るというかさ。先も述べたが、ドームというのが精神医学としては「隔離」的な意味があって、しつこいが、どういう気質の人々を、その町の周いに住まわすか、とかそういうのも全て設定なんですよ。隔離というのは、他に、「ここはゲートで括ってあって、”電子機器類を一切持ち込めない区画”、などというのも、これも隔離です。ポルノでも薬物でも、中毒患者が精神疾患扱いとして、ポルノを薬物を一切持ち込めない区画、とか、ゲートとか仕切りとか自由に設定出来る。そういうのを運営しながら精神医学を学習を深めつつ、アバターで歩いただけで精神的にリラクゼーション効果があるVR作り、みたいなコンセプトでして、こういうのも、公金(税金)で際限なく医者に学術としてやらせるとジャブジャブになるし、VRの運営も失敗して、無理に続けようとすると巨額の赤字続きになる。しかし、学術ならば医者を前面に押し出しておいて、金儲け至上主義ではいけない。それに私は悲惨な目に遭っている体現者だし、医学のこの町は精神医学界でトップだ、と言い張るから、それでいいんだよ。精神科医が集まって、結構建築士になっていて、かっこいいじゃないのよ?、「これが精神的に癒しの建築だ」みたいなさ。

 ↑精神医学の意義が伝わっていないのかもしれない。新精神医学と言えばそうじゃないの?調べてないけど。だから、この患者がここに住んでいて、例えば、その周囲はこう、隣はこう、あっちはこういう形状でこう、こういう特性の人が来たり来なかったりする、ここは庭で、あそこは建物で色はこう…etc、とか、精神医療の理想を描くという点において新しいんだよ。仮想世界だから出来るが、現実的にそんな細かい設定を設けて治療する事なんてあるはずないよ。

 くどいが、例えば、彼氏に振られてそれが原因で精神疾患になったとしよう。まあ、浮気されて捨てられたとしよう。薬物療法はさておき、どういう感じで話しかけられるのがベターなの?、どういう建物から?何時に?どういう感じで…上件設定は何?「先生、2階の窓が空いて、その後、声かけたら?」「ちょっと、あなた、理由は何なの?」と。電柱の高位置にしがみついている男が怒鳴る感じでいきなり声掛けする(「大丈夫か?」)とか、何にせよ、あり得ない感じでも設定で可能だ。


 写真は、そういう言い張りすら難しいというか、映画はそもそも撮るなら映画監督が撮るんだろうし、でも写真は撮るだけだしアンタ撮ってよ、となって、←で、露骨に全然、大した事ないな、っていうのが無いじゃんよ?まあ、創作はこれからよ。